車田 知之様の追悼文

2025年7月25日

追悼文

 車田知之さんを含む諸先輩とともに、本会の設立及び運営に携わってきました東泰(あづまゆたか)です。私自身も現役を退いてから13年になりますが、車田さんとの思い出は心の中に沢山ございます。

 最初の出会いは、高分子学会の研究会でした。私が20代後半で、車田さんは40代後半であったと存じます。車田さんがHALSの発明グループのお一人であったことは世界的に有名ですが、今の若い方々はご存じでしょうか。私は今でもノーベル賞級の発明だと考えております。その実績から、車田さんは毎年6月初旬にスイスで開催されておりました国際会議(2泊3日)の運営委員を務めておられました。
車田 知之 様

 私も一度この会議に出席した経験があり、その際に夕食を2度ご一緒いたしました。1度目はイギリスのS先生ご夫妻と、2度目はフランスのP先生との会食でした。P先生との会食時にワインの話になりましたが、そのときに車田さんはワイン談義に熱心に参加されていました。それもそのはず、車田さんは仲間内ではグルメとして有名な方でした。

 私が現役を退いてからは、年に一度二人して銀座で飲んでいましたが、やがて車田さんがご高齢となって施設に入居されました。私がその施設をお訪ねしたのは、昨年の10月のことです。それからもメールのやりとりを続いていましたが、今年の4月12日の車田さんから届いたメールが最後になりました。

 その後は私のメールに返信が来なくなったのですが、6月12日に、ご次男様から「父、知之は4月26日に死去いたしました。安らかに旅立ちました。」とのメールが入電いたしました。その時は心に穴が空いたように思われました。

 車田さん いろいろとありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。

東  泰

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